救い

「死は救済」を合言葉に15年ほど過ごしてきた。死が全てから解放してくれると信じてやまない青春だった。しかし年月は環境を変え、人を変える。いま改めて死という現象に向き合ったとき、そこに以前のような救済を見出すことが難しくなっていた。 死はあらゆ…

狂い

朝、駅から職場まで歩く10分間。僕は狂気を増幅させようと試みる。 この作業を怠ると、自分が自分でなくなってしまうかもしれないという恐怖がある。 平穏は何も生まない。惨めな生が今日も明日も続くだけだ。 世界に対して常に反逆しなければならない。反逆…

欺瞞

珍しくイヤホンをしないで電車に乗った。 電車の走る音がガタガタとうるさくて、ふと斜め後ろを見たら窓が開いていた。地下鉄だから反響してより大きな音になっていたのだろう。 前に電車通勤をしていた4,5年前でもその音は鳴っていたのだろうが、その頃は窓…

三途の川

三途の川に来た。念のためポケットを探ったが、入っていたのはガムの包み紙だけだった。船頭に金がないと告げると、鬼のアルバイトを紹介された。言われた場所へと行ってみると禿げた小男がいて、僕はその男に雇われることになった。 賽の河原。子どもたちが…

ただ表面を取り繕うことだけがうまくなった。仮面を被るのがうまくなった。ただただ軽薄になっただけの4年間だった。 表面的なコミュニケーションが軽快になると、それに反比例するように誠実さが失われていった。 一度失ったものを取り戻すのは難しい。僕は…

生き方

あの時死んでしまえば良かったと想像するのは簡単だ。だけど、あの時の自分に死ぬ勇気なんてなかったし、もちろん今の自分にもない。 今の自分の不甲斐なさを棚に上げて、まるであの時の自分なら自殺できたかのように見せかけて、ありもしなかった過去を想像…

好きな音

腕時計を耳にあてるとカチカチと音がする。その音が好き。 鈴虫の声。 自分の心臓の音。 YouTubeで聞くABCアラーム。 風の強い日の隙間風。 地上アナログの砂嵐。

理性

人間が人間である意味は何なのだろうか。僕には未だ答えがわからない。 いつの間にか僕たちが過ごす場にはアルコールが用意されることが多くなり、本当に安心できる場所はもうこの世界には存在しないかのようだった。 わざわざアルコールで理性を捨てたがる…

距離

いつからか、街中で女性に声をかけるようになっていた。ご飯を食べて解散することもあれば、そのままホテルに行くこともあった。連絡先を聞いても大抵は一度きりの出会いだった。 僕なんかが声をかけて付いてきてくれる人は誰にでも付いてゆくような人で、そ…

肩こり

窓のない部屋のベッドの上で、僕はじっと壁の模様を眺めていた。後ろに寝転がる女が僕の肩に手を置いて「肩、ちょっと凝ってるね」と言った。僕は黙ったまま壁の模様を眺めていた。 僕は、肩が凝っているという感覚がどういうものかを知らない。自分で自分の…

ディスプレイ

仕事始めが1月8日からなのを良いことに、朝の7時に寝て18時頃に起きるという生活をもう10日ほど続けている。当初の予定ではどこか遠い場所へ旅行に行くつもりだったが、諸般の事情で断念してしまった。部屋から出ることも殆どなく、もちろん家からは全く出て…

廊下に鳩が迷い込んでいた。20mほどのやや短い廊下には他に誰もおらず、僕と鳩はすっかり見つめ合う格好となった。鳩はまるで動かないままじっと座っていた。本当に生きているのだろうかと不安になり、近寄って観察してみる。目は開いているものの呼吸をして…

7時10分

大阪駅で電車を降りる。ちょうど向かいのホームにも電車が止まって、更なる人の群れが階段へと押し寄せる。 階段からその先の通路へと、群勢がのそりのそりと歩くのだが、みんながゆっくりと同じ方向へ歩く様子はまるでゾンビのようだ。僕も死んだような目を…

雨の日に咲く花

雨のホームに電車が滑り込んできた。人々がまるで家畜のように、ひょっとしたら家畜より酷い環境に詰め込まれて運ばれる。濡れた人々が電車の窓を白く曇らせて、それを見るたびに僕は、人間もまた動物の一種類であると知る。 僕はスーツを着るとき、靴下、ワ…

あまりに強く後光が射すから

夜に訪れるイランのバスターミナルは、いつも寂しげだ。 イランは産油国ということもあってバスの価格が安く、またバス自体のクオリティも高い。だから、少しでも節約したい旅行者たちはここぞとばかりに夜行バスで移動する。僕も同じで、前回に来たときも今…

視野狭窄の末

デイパックが本格的に壊れ始めてきた。 長期旅行に持ってきた鞄はふたつ。ひとつは、いわゆる「バックパック」で登山用の大きなものだ。もうひとつは「デイパック」。街歩きをするときにカメラや貴重品を入れるのに使っている。 このデイパックは3年前にカン…

橋を渡って

犬に噛まれたら24時間以内に一本目のワクチンを打たなければならなかったはずだ。狂犬病が発病すれば、100%死ぬ。 不意に見知らぬ田舎町で病院を探さなければならなくなった。手持ちの本によると、ロシア語で病院は「バリニーツァ」と言うらしい。僕は通り…

書を捨てよ、犬に噛まれよう

小さな町だ。メインストリートはわずか数百メートル。このあたりでは大きな町らしいが見るべきところはなにもない。その日は朝からバザールに行って「シュワルマ」と呼ばれる、いわゆるケバブを食べた。バザールに並ぶ商品は他の町と大差なく、僕はそれらに…

飽食の豚

キルギスの物価は安い。 物価が安いというのは旅行者にとって好ましいことだ。レストランに入れば数百円で満足いくまで食べられる。ここに来るまで少しハードな日程で移動していた僕は、休養という名目で数日間ここにゆったりと滞在し、良い食事をして"贅沢"…

路上の土

あのバス事故が起きて既に半月ほど経っただろうか。半月の間に世間の関心は二転三転し、もはやあの事故は忘れられようとしている。 だけど、僕の中には未だ深い爪痕が残り、時々ズキズキと痛む。あれは、この数ヶ月で最も衝撃が大きい事件だったと言っていい…

夏と死と冬と生

雨が降るごとに少しずつ涼しくなって、気付けば鈴虫が鳴いている。昼に歩いた並木道にはアブラゼミの亡骸が転がっていた。 7月。梅雨の晴れ間に覗く青空を見つめて、これから起こる"何か"に胸を膨らませていた僕は、結局何も成さないまま今日も暗い部屋でモ…

イクラ丼とエゴイズム

イクラ丼をもちゃもちゃ食べた。とても美味しかった。 だけど、食べている最中にふと「この、ひと粒ひと粒が生命なんだな」ということに改めて気が付いて、少し落ち込んでしまった。生まれることすら許されない命を喰らって僕は今日も生きる。 僕は普段「生…

会議室の薄暗さによって、相対的に強化された、空の青、草木の緑。

その美しさに気が付いてしまった僕は 机の上で頭を抱えてうずくまることしか出来なかった。

蓄積される業

飲食店でアルバイトをしているから、この時期はよくゴキブリと遭遇する。まぁ当然捕まえて"処分"することになるんだけど、最近は別に殺さなくてもいいんじゃないかなと思って、自分しか気が付いていなければ、逃がしてやることにしている。そりゃまぁ自分の…

ユスリカの命

ユスリカという虫がいる。体長は0.5cmほどで、蚊柱の正体がこれだ。 この時期になると、よく室内にも入り込んでくる。僕の場合は特に大学の研究室がひどい。うっかりカーテンを閉めずに夜まで作業しているとそこら中にユスリカが現れて、本を閉じるのにも挟…

少年性が死ぬ前に

電車で、前に座っていた女子高生がチュッパチャプスを咥えていた。僕はそれを見て「あ、いつの間にか自分の少年性が死にかかっている」と危機感を覚えた。 幼い頃、チュッパチャプスは夢のキャンディだった。あのカラフルな包み紙の中には単なる飴玉以上の幸…

経済発展の先にあるものは

テレビで政治家が経済について話していた。GDPがどうとか、経済成長率がどうとか、正直僕はそんなことどうでも良かった。 人類は飽くなき発展を目指して今日も働くけれど、その先に何があるのだろうかと考えるとなんだか虚しくなってしまう。1969年7月20日、…

頭の中の浄土

僕は頭の中に自分の世界を持っている。具体的に描写するのはやめておくが、そこは現実世界ではあり得ないような光景が広がる場所だ。そこで僕は、あらゆる事象から解放されて安らぎを得ることができる。 行くのは大抵夜だけど、ふと気がつくと授業中なんかに…

ぼっちとは悪か

そろそろ新歓シーズンも終わりだろうか。 3限後や4限後の学校内には、様々な部活・サークルのジャージを着た人々が溢れていて、新歓の呼び込みに勤しんでいた。その呼び込みの中で、ひとつ気になるものがあった。 たぶんアメフト部だったと思うんだけど 「こ…

栄光の時代は過ぎ去って、もはや我々は死にゆくのみ

体感時間で言うならば、人生の折り返しは20歳とかそれくらいらしい。僕はいつの間にか死にゆく存在になっていた。 年を重ねるのが悲しくてたまらない。20代になった時なんて悲しくて悲しくて仕方がなかった。「男は30代が一番輝く」なんて言われることもある…