肩こり

 窓のない部屋のベッドの上で、僕はじっと壁の模様を眺めていた。後ろに寝転がる女が僕の肩に手を置いて「肩、ちょっと凝ってるね」と言った。僕は黙ったまま壁の模様を眺めていた。
 僕は、肩が凝っているという感覚がどういうものかを知らない。自分で自分の肩に手を置いてみても、いつも変わらなく柔らかいから、自分は肩こりなどしないものだと決めつけていた。しかし女は僕の肩が凝っていると言う。事実として僕は肩に何の不自由も感じていないのだが、女がそういうのなら僕の肩は凝っているのだろう。
 僕はますます肩こりというものが分からなくなった。身体の感覚は自分しか感じ取れないにもかかわらず、どうして皆が肩こりという感覚を共有しているのか不思議で仕方がない。確かに尿意などの感覚は他人と共有しているから、肩こりに関してのみ自分の感覚がおかしいのかもしれないなと仮説を立ててみても、それを検証する術を僕は知らない。

 白と黒の唐草模様の壁紙を眺めながら、そんなことをぼんやり考えていた。部屋に微かに残る煙草の匂いは、その内に深い憂愁を抱え込んでいて、息を吸うたびにひどく気分が落ち込んだ。後ろから女が抱き着いてきたが、それは僕の心を晴れやかにするどころか、より一層の愁いを加えるのだった。身体がどれほど触れようとも、僕は彼女の知っている肩こりという感覚を理解できないし、それは詰まるところ、僕たちは誰もが本当の意味で他人を理解できないということを示しているように思えたのだ。
 彼女と知り合って3か月になるが、僕は未だに彼女の苗字すら知らない。こうしてこの場にいるのも束の間の慰めにすぎなくて、それを理解したうえで、それでも彼女は僕を抱きしめるのだった。今夜、孤独な夜の住人になることを拒んだ僕たちは、肩こりの感覚すら共有できないままに悲しみを重ね合わせる。