書を捨てよ、犬に噛まれよう

 小さな町だ。メインストリートはわずか数百メートル。このあたりでは大きな町らしいが見るべきところはなにもない。その日は朝からバザールに行って「シュワルマ」と呼ばれる、いわゆるケバブを食べた。バザールに並ぶ商品は他の町と大差なく、僕はそれらに以前ほどの興奮を見出せずにいた。

 ここ数日間僕を襲っていた退屈は、旅慣れてしまったことによる好奇心の摩耗が原因だった。何を見ても特別な楽しさを感じられなくなっていた。海外にいるということをごく自然に受け入れ、非日常の日常をただ無為にやり過ごすようになっていた。

 昼前には宿に戻り、窓のない部屋で本を読んだ。本当はインターネットでもできれば一瞬で夜になるが、ここは小さな町で、宿にはWIFIがなかった。日本から持ってきていたのはケルアックの『路上』。アメリカ大陸を西へ東へと放浪する男が主人公で、かつて「ヒッピーのバイブル」と言われた一冊だ。ずいぶん前に一度読んだが、かなり分厚いので時間潰しになるだろうと思って持ってきたのだ。日本の若者が中央アジアの安宿の一室で、まだ見ぬアメリカ大陸に想いを馳せるのは、どこか滑稽だなと思った。

 

 夕方になってふと我に返った。どうして本なんか読んでいるのだろう。一歩外に踏み出せばまだ見ぬ冒険が自分を待っているはずなのだ。建物の外は異国の大地で、しょぼくれた町にも何か原石が転がっているに違いない。結局、自分の旅をつまらなくしているのは自分自身だ。昔みたいに、目的なくふらふら町を歩けばいいんだ。思えばここ最近は、観光スポットへ行って、証拠を残すように作業的に写真を撮って、宿に帰って寝るだけだ。こんなことで楽しいわけがない。そうだ、町を歩こう。向こうの丘の上まで登って、町を見下ろしてみたらきっと気分がいいことだろう。よし、行こう。

 

 そうして町へ出た僕は、埃っぽい裏道で犬に足を噛まれた。

 旅が、始まった気がした。