飽食の豚

 キルギスの物価は安い。

 物価が安いというのは旅行者にとって好ましいことだ。レストランに入れば数百円で満足いくまで食べられる。ここに来るまで少しハードな日程で移動していた僕は、休養という名目で数日間ここにゆったりと滞在し、良い食事をして"贅沢"をすることにした。たった数百円で買える贅沢。大した痛手じゃない。

 その日も僕は少し良いレストランへ行って、メイン2品、副菜、スープなどを堪能し、大満足で帰路についた。それだけ注文しても、今後の予定になんの支障もない出費にしかならなかった。帰り道、宿の部屋で食べるものが欲しいな、なんて思って商店に立ち寄った。普段は宿に帰ってなにか食べたりしないし、ましてやスナック菓子なんて買うはずもないのに、気分が大きくなっていた僕はまあいいやと、ポテトチップスと500mlのコーラを買った。

 店を出るとすぐにコーラを開けて飲み始めた。お腹がいっぱいだったから飲むのが少し辛かったが、宿に着くまでに飲み切ってしまいたいな、なんて考えていた。そんな風にしてしばらく歩いていると、ふと、道端に人がうずくまっている。見ると、服は擦り切れ、肌は薄汚れ、髪も髭も伸びっぱなしの乞食だった。うずくまって、小さなパンを齧っている。僕がコーラを飲もうとペットボトルを口に近づけたとき、その男と目が合った。男が生きるために手に入れた小さなパン。僕が辛いと言いながら飲むコーラ。左手に提げたポテトチップス。一瞬、時が止まったようだった。男は僕の顔を、そしてコーラを見ていた。僕はどうしていいのかわからず、しばらくそのまま固まったあと、顔を逸らしてコーラを飲んだ。そして、そのまま振り返ることなく立ち去った。彼はあの瞬間に何を思っただろう。僕はどうしようもない人間だ。