廊下に鳩が迷い込んでいた。20mほどのやや短い廊下には他に誰もおらず、僕と鳩はすっかり見つめ合う格好となった。鳩はまるで動かないままじっと座っていた。本当に生きているのだろうかと不安になり、近寄って観察してみる。目は開いているものの呼吸をしている気配すらなかった。薄灰色の体毛に所々黒い色が混じり、首の部分は淡い緑に染まっている。そのコントラストが、ぼんやり疲れ切った頭にはとても美しいもののように思えた。
 廊下には誰もやってこなかった。初秋の風が木々を揺らす音だけが微かに聞こえる。僕はその美しい羽根模様をもう少しよく見たいと、静かに一歩踏み出した。
 その瞬間、鳩は命を吹き込まれたように飛び立った。バタバタと大きな音をたて、廊下の向かい側にある小窓の縁に着地した。そこで一呼吸置いたかと思うと、それから何度も何度も窓の外へ飛び立とうと羽ばたいた。約40cm四方の小さな窓の外には抜けるような青空が広がっていて、薄暗い廊下から眺めるそれは僕をどうしようもなく憂鬱にさせた。
 鳩は大空へ向けて何度も何度も何度も何度も羽ばたいた。窓の縁に積もっていた埃が激しく舞う。光を受けた埃は不思議とキラキラ光った。鳩はそんなことにも一切構わず、ただひたすら狂ったように空を目指し続けた。
 僕は何もできなかった。ただじっと突っ立ったままその様子を見ていた。そこからじゃダメだよと教えてあげたかったけれど、その術がなかった。僕は黙って歩き始めた。短い廊下を折れ曲がっても羽根の音はずっと響いていた。
 自分の席に戻ってパソコンを立ち上げる。15.6インチのディスプレイに遠く異国の空が浮かび上がった。