最高のトリップをキメる

 旅は麻薬だ。

 中学生の頃の足は自転車だった。どこへ行くにも自転車を漕いでいった。高校生になってバイクの免許を取った。一気に世界が拡がって、どこへでも行けると思った。部活に打ち込む傍ら、隣の県まで一人で出掛けてみたりした。大学生になって大型二輪の免許を取り直した。それまでの小さなスクーターから大きなバイクに乗り換えたことによって、遠くへ行くのが格段に楽になった。時折、一人で計画を立てて泊まりがけのツーリングへ行くようになる。

 大学一年生の夏、初めて一人で海外へ行った。2週間、香港の町を歩き回った。未知なるものとの遭遇は恐怖だ。死への接近とも言っていい。だからこそ僕は"今この瞬間の生"を強烈に感じることができた。旅は、生きていることに実感を与えてくれるのだ。

 僕はその夏の体験が忘れられず、ついに学校を休んで旅に出ることにした。あの一年間、僕は確かに生きていた。

 

 日本に帰ってきてからしばらくは日常が新鮮に映った。何をしていても楽しかった。いつもの道、いつもの電車、いつもの教室。いつもの風景が生き生きとして見えた。

 でもやっぱりダメだった。日常はいつしか、ただの日常になってしまった。身体がウズウズして、いてもたってもいられない。全身が細胞単位で震えるようなあの感覚をもう一度味わいたくなってしまったのだ。講義を聴きながらペンを走らせている間にも、魂は身体を抜け出してまだ見ぬ世界を駆け巡っていた。

 そして今度は北へ向かった。多くのバイク乗りと同じように、北海道は僕にとって憧れの地だったのだ。北海道の突き抜けるような青空の下で、僕は何度も大声を上げて生命の喜びに打ち震えた。

 

 旅は麻薬だ。

 僕はまた旅に出る。3時間後の飛行機で日本を発つ。