いつの間にか、3月25日が過ぎていた。2年前の3月25日に僕は日本を発ったのだ。

 あれから2年が過ぎた。今日は、初めて会社説明会に参加した。僕はリクルートスーツに身を包み、鋳型から生まれたかのような集団の一員となって、ペンを片手に座っていた。壇上ではおじさんが何だかよくわからない話をしていた。左隣の男は青みがかったスーツを着て、よく鼻をすすった。話の切れ目ごとに過剰な仕草でうなずくのが、気に障った。斜め右前に座った男は端整な顔立ちで、なにやら熱心にメモを取っていた。男の足下を見ると、靴下がずり落ちていて毛深い脛が見えた。

 去年の今日はシベリア鉄道に乗っていた。朝起きると、外は一面銀世界で、空は突き抜けるように青かった。遠くに見える民家はすっかり雪に覆われていて、僅かばかりの壁と三角の屋根しか見えない。こんな辺境で人々はどのように生活しているのだろう。朝起きてまず何をするのだろう。何を食べて、何を娯楽にして、何を悲しむのだろう。車内の人々はあらかた起き出していた。老人、おじさん、おばさん、青年、子どもたち。赤ん坊を連れた女性や、松葉杖をついた人もいる。僕は席を立って紅茶を入れに行った。車両後方に給湯器がある。途中で何人かと挨拶を交わし、席まで戻ってくる。買いだめしておいたクッキーを朝食代わりに頬張る。窓の外では、白い大地に太陽が当たってキラキラと美しかった。

 パイプ椅子に座りながらそんなことを思い出していた。いつの間にか講演は終わったようで、質疑応答に映っていた。司会の女性が「他に質問のある方は……」と言い終わらないうちに、いくつもの手が勢いよく上がる。

  「本日は貴重なお話ありがとうございました。○○大学の××と申します」

指名された男が早口でまくし立てるように話す。壇上の人々がそれに答える。周囲で勢いよくペンが走る。僕は、なんだか気分が悪くなってきた。いったい自分は何をしているんだろう。あの列車の中に戻りたい。ぬるい紅茶を飲みながら、ただぼんやりと流れゆく風景を眺める。そこには何の意味も存在せず、僕は今よりも真っ当に生きていた。

 説明会が終わると真っ先に外へ出た。大きく深呼吸して、新鮮な空気を全身に行き渡らせる。僕は無意識に空を見上げた。ビルに囲まれた小さな空は、突き抜けるように青かった。